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東京高等裁判所 平成5年(ネ)4019号 判決

控訴人

資生堂東京販売株式会社

右代表者代表取締役

大宅覺

右訴訟代理人弁護士

石井成一

桜井修平

佐藤りえ子

米津稜威雄

長嶋憲一

麥田浩一郎

被控訴人

株式会社富士喜本店

右代表者代表取締役

藤澤憲

右訴訟代理人弁護士

山根二郎

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

控訴棄却

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人は、株式会社資生堂(以下「資生堂」という。)の製造にかかる化粧品(以下「資生堂化粧品」という。)を専門に取り扱う販売会社であるが、被控訴人との間で、昭和三七年、次の内容の資生堂化粧品の販売に関する特約店契約(資生堂チェインストア契約、以下「本件特約店契約」という。)を締結した。

(一) 控訴人は、被控訴人の注文に基づき、控訴人が販売する資生堂化粧品を被控訴人に継続して供給する。

(二) 控訴人は、在庫がない場合を除き、被控訴人の注文にかかる資生堂化粧品を注文後二日以内に被控訴人に引渡す。

(三) 被控訴人は控訴人に対し、被控訴人の注文により控訴人から供給された資生堂化粧品の商品代金を、毎月二〇日締切、翌月五日限り、被控訴人事務所において支払う。

(四) 本件特約店契約は、契約の日から一年間有効とし、当事者双方に異議のないときはさらに一年間自動的に更新され、以後も同様とする。

2  被控訴人は控訴人に対し、平成二年五月一六日以降平成三年六月一五日までの間に、原判決添付物件目録記載の資生堂化粧品(以下「本化粧品」という。)を注文したが、控訴人は本件特約店契約が存続していることを争い、本件化粧品の出荷に応じない。

3  よって、被控訴人は、本件特約店契約に基づき、被控訴人が、被控訴人の注文にかかる資生堂化粧品を注文後二日以内に控訴人から引渡しを受けるべき地位にあることの確認を求めるとともに、控訴人に対し、本化粧品の引渡を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、(二)は否認するがその余の事実は認める。ただし、取引の対象となる商品は控訴人が販売する資生堂化粧品の全部ではない。

2  同2の事実中、被控訴人が控訴人に対し、資生堂化粧品を発注した事実は認めるが、その具体的な注文内容は知らない。控訴人が本件特約店契約の存続を争っていることは認める。

三  抗弁

1  控訴人は被控訴人に対し、平成二年四月二五日付の解約通知書(以下「本件解除通知」という。)により、三〇日の予告期間を設けて本件特約店契約を解除する旨の意思表示をし(以下「本件解除」という。)、右書面はそのころ被控訴人に到達したから、右書面到達後三〇日の経過により、右契約は解除された。本件解除の有効性については以下のとおりである。

(一) 本件特約店契約には、契約の有効期間中といえども、両当事者は、それぞれ文書による三〇日前の予告をもって中途解約できる旨の定めがあるところ、本件特約店契約が期間の定めのある契約であることや、被控訴人は、控訴人の総販売元や、一手販売権を有する代理店ではなく単なる小売店であることに照らせば、右解約条項は有効であるし、この場合、契約の解消につきやむを得ない事由が必要とされるものではない。

(二) 仮に、本件特約店契約が期間の定めのない継続的取引契約と同じく、その解約のやむを得ない事由が必要であるとしても、次のとおり被控訴人には控訴人との信頼関係を破壊する行為があるから、本件では右やむを得ない事由があるというべきであり、本件解除は有効である。

(1) 資生堂は、最高の品質の製品の開発・製造、化粧品の品質保持、化粧品の正しい使用法・美容法を消費者に伝えるサービスの徹底を図ること等を基本的な販売理念とし、控訴人はこれに共鳴、賛同してくれた小売店に限って契約をしている。本件特約店契約は、単純な継続的商品売買契約とは異なり、資生堂の販売理念、販売政策、販売方法を具体化するためにコーナーの設置、顧客管理、対面販売、セミナーへの参加等小売店側の多くの義務条項を含むものである。

(2) 被控訴人は、昭和六二年一二月頃から、資生堂化粧品について、単に商品名、定価等を記載するだけのカタログを全国各所に配布して、これによる通信販売を実施していたが、これは右特約店契約に違反し、控訴人の販売理念、販売政策、販売方法に反する。

(3) 被控訴人の右販売方法を知った控訴人は、その中止を求めたところ、被控訴人はカタログから資生堂化粧品を削除したが、実は資生堂化粧品についての別冊を作成して、依然として通信販売等を行い、本件特約店契約に定める販売方法を遵守していなかった。

(4) そこで、控訴人は、平成元年四月一二日付書面により本件特約店契約を守るように是正勧告をし、これに従わない場合には解約をする旨予告した。その後、双方は、代理人弁護士を通じて交渉を行った結果、同年九月一九日に合意に達し、被控訴人は、対面販売等の重要性を認識するとともに本件特約店契約の各条項を遵守することを約束し、カタログから資生堂化粧品を除くこと等を書面で約束した。

(5) ところが、被控訴人は右合意に反して、本件特約店契約を遵守せず、カタログによって資生堂化粧品の販売を行っていたため、控訴人が被控訴人に対し、右合意事項の履行の確認を求めると、被控訴人は控訴人のセールスマンを脅かしたり、商品代金を六〇〇〇枚を超える千円札で払うなどのいやがらせをした。また、被控訴人は、控訴人主催のセミナーへ被控訴人代表者及びその妻しか参加させなかったり、顧客管理のための花椿会会員台帳も作成しないなど、本件特約店契約の他の条項にも違反している。

(三) 仮に、本件特約店契約が期間の定めのない継続的取引契約と同視されるとしても、相当の予告期間を設ければ契約を解消できるところ、控訴人は被控訴人に対し、前記のように平成元年四月一二日付是正勧告書によって本件特約店契約を解除する旨予告し、そののち本件解除をしているのであるから、本件解除は十分な予告期間を置いてされたものであるし、被控訴人には前記のような控訴人との信頼関係を破壊する行為もあるから、本件解除は有効である。

(四) 右(一)ないし(三)の事由による解除が認められないとしても、控訴人と被控訴人が締結した平成元年九月一九日付合意書には、被控訴人が右合意書に違反した販売方法を継続した場合は、本件特約店契約を解除できる旨の約定があるところ、本件解除通知は被控訴人が合意書を無視した販売方法を行っていることを理由とするものであるから、本件解除は右合意書により留保された解除権に基づく解除として有効である。

2  仮に、本件解除が効力を生じないとしても、本件解除通知には、本件特約店契約の更新に対する異議も含まれているから、本件特約店契約は、平成三年三月三一日の期間満了により終了した。

3  仮に、本件特約店契約が期間の定めのない継続的取引契約と同視されるとしても、前記のように相当の予告期間を設ければ契約を解消できるところ、右相当の期間は最大限一年間と解すべきであるから、本件特約店契約は本件解除通知がされた一年後の平成三年四月二五日頃には終了した。

4  被控訴人が注文したとする原判決添付物件目録記載の商品のうち、別紙商品目録記載の商品は、すでに生産が中止されたり、生産中止後流通在庫も回収ずみである等により、注文に該当する商品が存在しないから、仮に、本件特約店契約が存続しているとしても、控訴人はこれらの商品については被控訴人の注文に応ずる義務はない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の冒頭の事実中、本件解除通知が控訴人主張の日時頃被控訴人方に到達した事実は認めるが、その効果は争う。

(一) 同(一)の事実中、本件特約店契約に控訴人主張のような解約条項があることは認めるが、その主張は争う。

(二) 同(二)の事実中、控訴人が平成元年四月一二日付書面により是正勧告をした事実及び同年九月一九日に控訴人、被控訴人双方の代理人弁護士が合意書を取り交わした事実は認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。

(三) 同(三)、(四)の主張は争う。

2  同2、3の主張は争う。

五  再抗弁

以下の事情に照らせば、本件解除は、信義則に反し、あるいは権利の濫用であって、その効力を生じない。

1(一)  本件特約店契約は、毎年自動更新され、被控訴人は二八年間にわたって控訴人から資生堂化粧品の供給を受けてきたものである。

(二)  資生堂は日本第一の売上げを誇る化粧品メーカーであり、年間売上げは三五〇〇億円に上り、年間二〇〇億円の広告宣伝費を使って(いずれも平成三年当時)大量生産された自社の化粧品の購入を広く消費者に呼び掛けている。

(三)  一方、被控訴人は零細な小売店にすぎず、資生堂化粧品は被控訴人にとって主力商品であり、資生堂化粧品を取り扱うことが化粧品販売店としての被控訴人の特色となっている。したがって、資生堂化粧品の供給が停止されることは被控訴人に決定的な打撃を与えるし、被控訴人が控訴人以外から資生堂化粧品の供給を受ける道は一切閉ざされている。

2(一)  控訴人は、解除の理由として、対面販売等の遵守義務違反を主張するが、対面販売が控訴人の販売に関する基本理念かどうかは知らないし、その合理性はないばかりか、控訴人自体、その違反を他では問題にしていないし、右義務に反して配達販売を実施していることもある。また、控訴人は、解除の理由として、花椿会会員台帳作成義務違反をも主張するが、被控訴人は、資生堂化粧品を購入した顧客ごとに、いつ、いかなる化粧品を購入したかをコンピューターに入力して、常に顧客を管理している。

(二)  控訴人は、対面販売を値引き販売をさせないための価格拘束の手段として用いているものであり、このことは、資生堂化粧品が、ほとんどの店で、実際には対面販売による説明なしに販売されていること、その対面販売義務が問題とされるのは、被控訴人のように値引き販売を実行した場合に限られ、本件原審判決後、資生堂化粧品を値引き販売した店舗も対面販売義務違反を理由に、控訴人との特約店契約を解除され、出荷を停止されていること、なお、このような価格拘束の結果、全国どこでも資生堂化粧品は定価でしか購入できないことなどからも明らかである。

(三)  本件解除は、真実は、被控訴人の行っていた値引き販売を理由とするものであって、対面販売違反の理由は独占禁止法違反に問われるのを避ける口実であり、このような理由に基づく契約の解除は許されない。

六  再抗弁に対する認否及び反論

1(一)  再抗弁1の(一)、(二)の事実は認める。

(二)  同(三)の事実は否認する。被控訴人の年商は約三〇億円であり、うち資生堂化粧品の売上高は多くて二億五〇〇〇万円程度であって、一割に満たない。

2  同2の事実及び主張はいずれも争う。本件解除の目的が安売り防止にあるとか、対面販売等遵守義務が小売価格維持を図る効果を生じさせるということはない。このことは、公正取引委員会が、本件特約店契約の中途解約(本件解除)について、独占禁止法違反の事実があるか否か約一年間に亙って調査をした結果、違反事実なしとの判断をしていることからも明らかである。

第三  証拠

原審及び当審証拠目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因1の事実のうち、控訴人は資生堂の製造にかかる化粧品(資生堂化粧品)を専門に取り扱う販売会社であること、控訴人が昭和三七年に被控訴人と本件特約店契約を締結したこと、本件特約店契約の内容が同(一)、(三)、(四)記載のようなものであることは、いずれも当事者間に争いがない。同(二)の被控訴人の注文後二日以内に資生堂化粧品を引渡す旨の特約の存在については、これを認めるに足る証拠はない。

二  本件特約店契約には、契約の有効期間中でも、両当事者はそれぞれ文書による三〇日前の予告をもって中途解約できる旨の定めがあったこと、控訴人は被控訴人に対し、本件解除通知により本件特約店契約を解除する旨の意思表示(本件解除)をし、右書面にはそのころ被控訴人に到達したことは、いずれも当事者間に争いがない。

三 本件特約店契約はいわゆる継続的供給契約と解されるところ、このような契約についても約定によって解除権を留保することができることはいうまでもない。

しかし、後記のように、本件特約店契約は、一年という期限の定めのある契約であるとはいえ、自動更新条項があり、通常、相当の期間にわたって存続することが予定されているうえ、現実にも契約期間がある程度長期に及ぶのが通例であると考えられること(被控訴人との契約も二八年間という長期間に達している。)、各小売店の側も、そのような長期間の継続的取引を前提に事業計画を立てていると考えられること、また、本件特約店契約は、それに付随して資生堂化粧品専用の販売コーナーの設置や、顧客管理のための台帳の作成、備え付けが義務付けられるなど、商品の供給を受ける側において、ある程度の資本投下と、取引態勢の整備が必要とされるものであり、短期間での取引打ち切りや、恣意的な契約の解消は、小売店の側に予期せぬ多大な損害を及ぼすおそれがあること、なお、前記解約条項に基づく解除が行われるのは極めて例外的な事態であること(原審証人益田英則の証言)などからすれば、三〇日間の解約予告期間を設けているとはいえ、前記のような約定解除権の行使が全く自由であるとは解しがたく、右解除権の行使には、取引関係を継続しがたいような不信行為の存在等やむを得ない事由が必要であると解するのが相当である。

四  そこで、本件解除について右のようなやむを得ない事由があるか否かについて検討するに、本件特約店契約が、昭和三七年の締結以来、毎年自動更新され、被控訴人は二八年間にわたって控訴人から資生堂化粧品の供給を受けてきたこと、資生堂は日本一の売上げを誇る化粧品メーカーであり、年間売上げは三五〇〇億円に上り、年間二〇〇億円の広告宣伝費を使って(平成三年当時)大量生産された自社の化粧品の購入を広く消費者に呼び掛けていることはいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二、第三、第八、第五六号証、第六五号証の一、二、第六七号証、第七三号証の一、乙第三号証の一ないし三、第四号証の一、二、第一二号証の一、二、第一八号証、第一九号証の一、二、第二一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証の一、二、第六一号証、乙第一号証、第五ないし第九号証、第一一号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四、第五、第一〇ないし第一三号証、第六三号証の一ないし八四、第六四号証(ただし、○印記載部分以外は成立に争いがない。)、第六五号証の三ないし六、第六六号証の一ないし三、第六八ないし第七二号証の各一ないし四、第七三号証の二ないし五、第七四号証の一ないし四、第七五号証の一ないし五、第七六号証の一ないし三、乙第一四号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる甲第五七号証、乙第二、第一〇、第一三号証、原審証人益田英則の証言、原審での被控訴人代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  控訴人は、資生堂化粧品の販売先である小売店と、控訴人作成の資生堂チェイントスア契約(本件特約店契約)を締結して取引を行っており、被控訴人とも右契約書を取り交わしている(以下、控訴人と右チェインストア契約を締結した小売店を「チェインストア」という。)。本件特約店契約には、前記一の自動更新条項等のほか、資生堂化粧品の専用コーナーの設置、控訴人の主催する美容セミナーの受講、顧客管理のための台帳(花椿会会員台帳)の作成、商品の販売に際しての説明(対面販売)等を義務付ける条項が存在する。

2  控訴人は、平成二年七月に公正取引委員会に対し、控訴人の販売理念を説明する文書を提出しているが、これによれば、控訴人は、品質本位主義と消費者主義という資生堂の社是を実現するために対面販売(顧客と面接、説明、相談の上での販売)が不可欠と考え、各チェインストアにその実行を依頼していること、その理由は、①化粧品は、直接人体につける化学製品であり、使用方法を誤ったり、肌の状態が悪いときには、皮膚トラブルを起こすおそれがあること、②人間の肌は個人個人により、また同一人であってもその季節、体調等によって異なるものであり、肌に合わない化粧品をつけた場合皮膚トラブルを起こす可能性があること、③このような皮膚トラブルの発生を未然に防止するためには、販売する者が顧客の肌を確認し、それに最もふさわしい化粧品を選択し、その正しい使い方を説明した上で販売する必要があること、④化粧品の販売に際しては、単に「もの」としての価値ではなく、それを使用して美しくなるという機能を販売することが大切であるため、顧客に化粧品の上手な使い方を教えることが必要であることなどを挙げ、控訴人の各支店で毎月開催するセミナーもこのような販売方法を指導するためのものであるとしている。

3  被控訴人は、化粧品の小売販売等を業とする会社であるが、昭和六〇年二月頃から、単に商品名と価格と商品コードを記載しただけのカタログ(商品一覧表)を事業所等の特定の職場に配付して電話やファクシミリでまとめて注文を受けて配達するという方法(被控訴人はこれを職域販売と称している。カタログによらない職域販売はそれ以前から行っていた。なお、販売価格は資生堂化粧品を含めいずれも定価の二割引)をとっており、資生堂化粧品についてもこれを行っていた。この場合、販売に際しての商品説明は、電話で問い合わせに答える程度であり、顧客と対面しての説明、相談等は全く予定されていない。控訴人は、昭和六二年末ころ、被控訴人がこのような販売方法をとっていることに気付き、右カタログから資生堂化粧品を削除するよう申し入れたところ、昭和六三年八月頃発行されたカタログからは資生堂化粧品が削除された。ところが、平成元年二、三月頃になって、被控訴人が資生堂化粧品のみを掲載したカタログを別冊という形で出していることが明らかになったため、控訴人は、同年四月一二日付の是正勧告書と題する書面で、右のような販売方法は、本件特約店契約の対面販売等を定めた条項に違反するため、その販売方法を是正するよう勧告し、この勧告に従わないときは右契約に基づく措置をとる旨通知した。

4  右通知を受けた被控訴人は、代理人の弁護士を通じ、控訴人の代理人の弁護士と折衝した結果、同年九月一九日付合意書で、被控訴人は、従前から行ってきた化粧品販売方法に関するカタログ(商品一覧表)に今後は資生堂化粧品を掲載しないものとし、かつ、資生堂化粧品についてはこれまで発行されたカタログに基づく販売はしないこと、これに違反したときは、控訴人は本件特約店契約を解除できること、また、被控訴人は、今後、チェインストア契約書の各条項に適合した方法により資生堂化粧品を販売することなどを取り決めた。なお、右合意書について、被控訴人は、資生堂化粧品をカタログに掲載することを止めさえすれば、従前どおりの販売方法でよいとの趣旨であったとするが、右合意書の文言からすれば、これを機に被控訴人が従来のような販売方法を改め、前記職域販売を継続するにしても、より顧客管理を徹底するなど、本件特約店契約の趣旨に沿う販売方法に変えていくとの合意を含むものというべきである。これら一連の折衝の過程で、控訴人が被控訴人の値引き販売のことを取り上げ、問題にしたことはない。もっとも、前記是正勧告がされる前には、控訴人が被控訴人に対し、値引き販売の中止を要請したことがある。

5  その後、被控訴人は、カタログから資生堂化粧品を削除して従前のような職域販売を続けていたが、控訴人はそれまで被控訴人の事務所(台東区浅草)に資生堂化粧品を配達していたのを、被控訴人の事務所では他の会社の化粧品と一緒にカタログ販売をされるのではないかと懸念して、被控訴人の店舗(台東区千束)に配達先を変更させてほしい旨申し出たが、被控訴人はこれに応じようとしなかったこと、また、控訴人の主催するセミナーへの参加も、控訴人は店舗外での販売を含めて実際に販売する販売担当者(被控訴人は外部販売についての販売担当員もいると話していた。)に参加してほしい旨要請しても、被控訴人代表者及びその妻が参加したにとどまったり、控訴人が小売店に作成を要求している花椿会会員台帳を作成しないなど、従前の販売方法を変更する態度を全く示さなかったこと、さらに、合意書で資生堂化粧品のカタログからの削除を取り決めたのちも、被控訴人への出荷量はほとんど従前と変わらなかったうえ、被控訴人が青森に資生堂化粧品を宅配している事実も明らかになったことなどから、控訴人は、被控訴人が合意書締結以前にとっていた販売方法を変更する意思がないものと判断し、平成二年四月二五日付で本件解除通知をし、同年五月一五日以降、被控訴人に対する資生堂化粧品の出荷を一切停止した。

6  被控訴人への資生堂化粧品の配達場所は、その同意のないまま、平成二年一月から前記店舗に変更されたが、その後、被控訴人は、月々の売掛代金を現金で払う旨告げ、控訴人の担当者らが同年二月、集金に赴いた際、一〇〇〇万円以上の売掛代金をすべて現金で、しかもその多くをバラの一〇〇〇円札で払うなどのトラブルもあった。被控訴人は、同年五月二二日、公正取引委員会に対し、控訴人のした前記契約解除と出荷の停止は、被控訴人が資生堂化粧品(非再販商品)を希望小売価格より二割低い価格で販売していることを理由とするものであり、再販売価格を拘束するためのものであること、したがって、右販売中止は拘束条件付取引であって、かつ、控訴人が自己の優越的地位を濫用して行った不公正な取引方法であり、独占禁止法に違反するとして申告した。これに対し、公正取引委員会は一年近く調査したのち、独占禁止法違反の事実は認められないとして、平成三年五月一五日、調査を打ち切った。

7  控訴人が資生堂化粧品の販売につき、チェインストアを通じての対面販売の方法をとっていることは前記のとおりであるが、現実にはスーパーマーケットやコンビニエンスストアでも、男性用化粧品や、ヘアー用化粧品などを中心に全く説明なしで資生堂化粧品が販売されている。また、そのほかの資生堂のチェインストアでも、来店した客が特に説明を求めず商品を購入しようとすると、それに応じている店も多い。また、資生堂化粧品の直売店でも、有名デパートの資生堂化粧品売場でも、客から電話による注文があった場合は、その客がそれまで資生堂の各チェインストアの顧客台帳(花椿会会員台帳)に登載されているか否か、従前、当該商品について説明を受けているか否かを問わず、注文に応じ商品を発送している。このような事情はあるものの、対面販売が全く有名無実化しているとまではいえず、なお、相当数の資生堂化粧品は、専用コーナーを設置しているチェインストアで、店員との面接による相談販売ないしは説明販売によって販売されていると推認される。

8  資生堂化粧品は、どのチェインストアでも定価で販売されるのが通例であるが、本件解除当時、被控訴人のほかにも値引き販売をしている店はあり、控訴人もそれらの店を把握していたが、控訴人はそれらの店について特約店契約の解除とか、出荷停止等の措置はとっていなかった。もっとも、前記のように、特約店契約の中途解約ということは極めて例外的な事態であるし、チェインストアの販売方法が右契約に違反するという理由で特約店契約を解除したのは本件が初めてである。なお、本件の一審判決後、資生堂化粧品を値引き販売していたディスカウントストアに対し、控訴人はそれが小売ではなく卸販売であることなどを理由に特約店契約を解除し、出荷を停止している。

五 右認定事実に基づき、本件解除がやむを得ない事由に基づくものといえるか否かについて判断する。

1 右認定事実によれば、控訴人が被控訴人との本件特約店契約を解除するに至ったのは、被控訴人が控訴人と対面販売等の条項を含む本件特約店契約を締結していながら、従前から職域販売と称して、実質はカタログによる通信販売のような形で資生堂化粧品の販売を続けてきたこと、そして、控訴人と平成元年九月に合意書を取り交わして、カタログに基づく販売の取り止めと、チェインストア契約書の各条項に適合した販売方法をとることを約束したにもかかわらず、そののちも、カタログへの掲載は取り止めたものの、右条項に適合した販売方法をとる姿勢を示さなかったことがその原因であると認められる(値引きとの関係については後記六のとおり)。

2 そこで、右のような販売方法の不履行が本件特約店契約上の債務不履行となるか否かについて検討するに、メーカー及びこれと一体となった販売店が小売業者と特約店契約等の基本取引契約を締結するに当たり、商品の説明販売を指示したり、自社商品専用のコーナーを設けさせたり、顧客台帳の作成を義務付けたりする等の販売方法に関する約定をすることは、商品の安全性の確保、品質の保持、商標の信用の維持等、当該商品の適切な販売のための合理的な理由が認められ、かつ、他の取引先等小売業者に対しても同等の条件が課されている場合には、それが強行法規に反するようなものでない限り当然許されることであって、それが公序良俗に反するとか、権利の濫用であるとはいえないし、それが直ちに独占禁止法上の問題となるものでもない。そして、事業者がどのような販売理念、販売政策、販売方法をとるかは本来事業者の自由に委ねられていることからすれば、右合理的な理由があるというためには、当該メーカーが必要と判断し、また、一般的に考えてもそれなりに合理的なものであればよいと解される。

控訴人が資生堂化粧品の販売に当たり、対面販売の方法をとっている理由は前記四2のようなものと認められるところ、化粧品という商品の性質、特性、ことにそれが人体の皮膚にアレルギー等を引き起こす可能性があることや、化粧品の販売が単に「もの」としての価値だけではなく、それを使用して美しくなるという機能をも販売するという面があること等からすれば、右のような販売方法もそれなりに合理的なものというべきである。なお、前記認定事実からすれば、現実には多くの資生堂のチェインストアで、特に商品の説明なしに資生堂化粧品が販売されているうえ、電話注文による販売もされている状況であり、特にさぼどの説明を要しない男性用化粧品等の多くは、対面販売の方法によらず販売されているものと認められるが、しかし、対面販売が全く有名無実化しているとまでは認めがたく、なお相当数の資生堂化粧品は、店員との面接による相談販売ないしは説明販売によって販売されていると推認されるのであるから、対面販売が全くその必要性を失っているとか、その遵守を要求することが非合理的であるとはいえない。

したがって、対面販売等の販売方法の不履行は、本件特約店契約上の債務不履行となるといえる。

3 ところが、被控訴人が行っていた職域販売とは、カタログを利用した、実質は通信販売に近いものであり、販売に際し、顧客と対面しての説明、相談等は全く予定されておらず、被控訴人が完全に行っていると主張する顧客管理は、誰がいつどの化粧品を購入したかという過去の販売実績がコンピューターに入力されているものであって、その内容は、控訴人が求める花椿会会員台帳とは異なるものであるから、このような販売方法が対面販売を定めた本件特約店契約に反し、その債務不履行を構成することは明らかである。なお、資生堂化粧品のかなりの部分は、現実には対面販売の方法によらず、なんらの説明なしに販売されていることは前記のとおりであるが、店頭販売の場合は、たとえ、説明なしで販売される場合が多いとしても、顧客の求めに応じ、随時説明する態勢がとられているのに対し、右職域販売の場合は、当初からそのような形の商品説明を全く予定していないという点で、本件特約店契約の予定している販売方法とは本質的な違いがあるというべきである。

4 その他、本件特約店契約の解除に至る経緯をみても、控訴人はまず、被控訴人の行っていた販売方法の改善勧告をし、その後、双方とも代理人である弁護士を通じて折衝を重ね、一旦は被控訴人も控訴人との本件特約店契約に沿う販売方法をとることを約束しながら、依然としてそれに反する販売方法を継続し、控訴人の再三にわたる右約束の実行の要求を拒否し、カタログ登載を除くその余の従前の販売方法を変える意思を持たなかったものであることからすれば、被控訴人の本件特約店契約に定められた販売方法の不履行は決して軽微なものとはいえず、継続的供給契約上の信頼関係を著しく破壊するものであり、本件では、右契約を解除するにつきやむを得ない事由があるというべきである。

六  次に、本件解除が信義則に反し、あるいは権利の濫用といえるか否かについて判断する。

1  本件解除は二八年間にわたり続いた継続的供給契約を解消するものであるうえ、それが被控訴人に与える影響は多大なものがあることは推察に難くないが、右五に述べたような本件特約店契約解消の経緯、ことに控訴人と被控訴人との信頼関係が破壊されるについては、被控訴人の側の合意事項の不履行も大きな原因となっていたことなどからすれば、右契約の解消が不当であるとか、契約関係上の信義則に反するとはいえないと考えられる。

2(一) 被控訴人は、対面販売は、値引き販売をさせないための価格拘束の手段であり、本件解除は真実は被控訴人の行っていた値引き販売を理由とするものである旨主張するので、この点につき検討するに、メーカー及びこれと一体となった販売会社が小売業者に対面販売の遵守を要求することが、同時に価格安定の効果を有するものであることは明らかであるが、このような販売方法が同時にそのような効果を持つというだけでは、独占禁止法違反等の問題が生じないことは明らかであり、それが問題となるためには、右のような販売方法を手段として小売業者の販売価格を制限している等の事情が認められなければならないと考えられる。

(二) 本件では、前記認定のように、被控訴人以外にも資生堂化粧品を値引き販売しているチェインストアが存在していたにもかかわらず、それらの店に対しては特約店契約の解除とか出荷停止等の措置はとられていないこと、控訴人が被控訴人の前記のようなカタログによる職域販売を知ったのは昭和六二年であり、当時から被控訴人が資生堂化粧品についても値引き販売をしていたことを控訴人が知っていたにもかかわらず、控訴人は、それに対して直ちに出荷停止等の措置はとらず、カタログによる販売方法の是正を求め、善処を要求していたこと、その是正を求める内容はあくまで本件特約店契約の条項に沿った販売方法を守ってほしいというものであり、値引き販売のことを取り上げ、その中止を求めた事実はないこと、その他、本件解除後、被控訴人は、本件解除は再販売価格を拘束するためのものであるとして、控訴人を公正取引委員会に申告したが、右申告を受けた同委員会は、調査の結果、控訴人に違反事実なしとの結論に達していることなどを総合すれば控訴人が右のような販売方法を手段として価格を制限しているとまでは認めがたいのであるから、右のような販売方法が独占禁止法に違反するとか、その趣旨に反するといえないことは明らかである。

(三) もっとも、控訴人は、前記是正勧告以前には被控訴人に値引き販売の中止を要請していたことがあること、また、本件解除以前に控訴人がチェインストアの販売方法が特約店契約に違反するという理由で右契約を中途解約したことはなかったうえ、前記四7のような資生堂化粧品の販売実態からすれば、控訴人が他のチェインストアに対し、どこまで対面販売等の徹底を要求しているか疑問であることなどからすれば、本件解除が被控訴人の値引き販売を原因とするものではないかとの疑問はあるけれども、それを裏付けるに足る具体的な証拠はないうえ、前述のような本件解除に至る経緯や、右(二)2に述べた諸事実に照らせば、右のような事実のみから、本件解除が真実は被控訴人の値引き販売を理由とするものであるとは未だ認めがたいといわざるを得ず、これらの点も前記認定を覆すに足るものではない。

3  その他、本件特約店契約の内容、期間、本件解除に至る経緯等種々の事情を検討しても、本件解除が信義則に反するとか、権利の濫用であると認めるべき事情はない。

七  したがって、控訴人のした本件特約店契約の解除は有効であり、右契約は、右解除の意思表示の到達後三〇日を経過した平成二年五月二五日頃終了したというべきであり、右契約の存続を前提として、被控訴人が控訴人から商品の引渡しを受けるべき地位にあることの確認を求め、被控訴人の注文にかかる商品の引渡を求める本訴請求は理由がない。なお、右商品の引渡請求は、同年五月一六日以降の注文にかかる商品の引渡を求めるものであるところ、同日以降同月二五日頃までは未だ右特約店契約は存続していたことになるが、右期間中の商品発注に対し、承諾があったことの主張、立証はないから(継続的取引契約であっても、商品の発注に対し承諾が必要であることはいうまでもない。)、この部分についても右請求が理由がないことは明らかである。

八  よって、民訴法三八六条により、これと異なる原判決を取消し、被控訴人の控訴人に対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙橋欣一 裁判官及川憲夫 裁判官浅香紀久雄)

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